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2013年9月12日 H総合病院

背中が痛くなり1時間後、H総合病院へ行くことに決めました。
家からH総合病院まで数十分。病院に着いたのは19時を過ぎていたと思います。背中の痛みは変わらず、早く痛みをどうにかしてくれ!とそれだけでした。

妻に受付をしてもらい、車からは車椅子で内科の待合室へ行きました。しばらく待たされてから呼ばれたのですが、何故かドクターではなく看護師の問診。それからまた待たされて、ようやくドクターが来ました。車椅子に座ったままでまた問診。そしてベッドに寝てどこが痛いかを話しました。そして血液検査とCT検査をすることになりました。

CT検査はベッドに仰向けの状態で寝ますが、背中が痛いので仰向けの姿勢はとても辛かったです。「息を大きく吸って、止めて」と言われても、背中が痛くて大変でした。一度検査をしましたが、すぐに造影剤を使っての検査を行うことになりました。造影剤が入った時の体が熱くなる感じはちょっと苦手です。検査中に何かあったらすぐに呼んでくださいと言われたのですが、声を出して呼んでもなかなか誰も来ないので、CTの機械を叩いていました。もう背中が痛くてたまりませんでした。

検査の結果、大動脈が解離していると言われました。解離は2ヶ所で、心臓から出た所と背中?にあるとのことで、ここでは手術できないから、転送先を探すとのことでした。会社で以前大動脈解離になった方から大動脈解離のことを聞いていたので、心臓から出たところと言われたとたん、A型の大変な方かと思いました。

トイレに行きたかったのですが、「立つのはだめで、横になっていないといけない。」と言われ、転送先では手術になるかもしれないからすぐに手術が出来るようにと検査着?に着替えさせられて、いつでもおしっこをしていいようにオムツになりました。CT検査の前までは立って移動してなど散々動かされたのに、検査結果が出たとたん動いてはいけないとなりました。手術はやっぱりするのですかと何回も看護師さんに聞いていたと思います。

転送先の病院を探しているようでしたがなかなか見つからず、時間がかかっていました。
その間ベッドに寝かされたまま一人になったりしたので心細くも感じました。両親や会社の上司に、大動脈解離になったこと、手術をしなければならないことを自分で連絡しました。
K市の病院、O市の病院、M市の病院をあたっているようでした。K市が一番近いのでそこがいいと思いましたが、結局は、H総合病院から高速道路を使っても1時間半程度かかる一番遠いM市のCN総合病院に決まりました。その時はCN総合病院のことはまったく知りませんでしたが、一番手術数が多い病院ということで、結果的にはCN総合病院で良かったです。

転送先が決まったので、看護師さんが救急車の手配をしていましたが、救急車がなかなか来なく時間だけが過ぎていきました。H総合病院では検査をしただけなので、背中の痛みは変わらずとても痛く本当に何とかしてもらいたかったです。

ようやく救急車が来て出発の準備になりました。H総合病院のドクターがもしもの時のためにと救急車に同乗し転送先のCN総合病院へ向かうことになりました。21時頃だったと思います。

後から知ったのですが、H総合病院とCN総合病院は同じ系列の病院でした。

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気になっていること

急性大動脈解離の緊急手術では、すぐに手術を行わないと命に係わる部分を手術し、人工弁や血管の一部が人工血管になりました。解離した部分が残っているので、日々不安がつきまとっています。
いつもとちょっと調子が違ったり、ちょとしたことでもすぐに動揺してしまいます。
今日もお昼頃にクラーッとしためまいを感じました。

今は、心拍が時々トン・トン・トトンとなることが一番の気がかりです。人工弁のため、首の下辺りで鼓動がよく聞こえるので余計気になるのかもしれません。先日ドクターの診察を受け、大丈夫(診察の時の心拍は正常でした)とは言われていますがやはり心配です。他には、胸がチクっと痛くなったり、左膝から下の感覚が何となくおかしい感じが2週間程度続いていたり、創部周りの痛みがあることでしょうか。

今日は暖かかったので、リハビリのウォーキングを約40分行いました。いつもは歩かない道も歩いたので、新しいお店を造っているところだったり、今まであったお店が閉店になっていたりと新たな発見がありました。歩道橋の階段も、一昨日は一段毎にしか登れませんでしたが、今日は一段飛ばしで登ることができました。少しずつ体力も戻さないと・・・。

2013年9月12日 急性大動脈解離の発症

いつもよりもめまいが強いのと疲れていたので、有休を取り仕事を休んで家でゆっくりとしていました。
夕方、ひとりソファーで録画してまだ見ていなかったテレビ番組を見ていたら、17時20分頃にドキッとした後、背中が急に痛くなりました。これはやばいと慌てて携帯電話を探し握りしめるのが精一杯で、そのまま床に倒れこんでしまいました。
心臓の背中側が一番痛く、その後に背中の下側に痛みが広がった感じがしました。この時、自分はただ事ではない、大動脈解離かとなんとなく思っていました。

背中がとても痛いのですが意識はしっかりとあったので、まず妻に電話しました。救急車を呼びたい気持ちもありましたが、そこまではという気持ちもあったので、救急車は結局呼びませんでした。後で、H総合病院の看護師さんに、「こうゆう時に救急車を呼ばないと。」と言われましたが、後から考えると、この時もし救急車を呼んでいたらもしかしたら今と違う状況になっていたかもと考えると、あの時の判断は良かったのではないかと思います。

しばらくして家族が帰って来てからも、背中の痛み、冷や汗、喉の渇きがひどく、おまけに閃輝暗点まで出ました。今でも時々くる閃輝暗点に悩まされています。
倒れてからあまりにも喉が渇いていたのですが、痛い背中を自分でさすりながら床に横になっていることしかできなく、ひとりでは水も飲めなかったので、子供に水を飲ませてもらいました。

住んでいる市には総合病院がないので、隣の市のH総合病院に行くことに決めました。
遅くなってしまい、これから病院に行くと19時を過ぎて時間外の診療になりそうだったのでまず電話をしました。受付の方が電話に出たのでしょうが、背中が痛いことを伝えると「それなら整形外科に。」と言われたので、整形外科ではなく内科関係での診察をお願いし、これから行くと伝えました。

その後どうにか着替えて準備をし、自分で立てるかどうか分かりませんでしたが、やっとの思いでなんとか立ち上がり車に乗り込み、H総合病院へ向かいました。

これが急性大動脈解離の発症でした。

発症した時に見ていた録画番組は松嶋菜々子さんの「救命病棟24時」で、まさか自分がそうなるとは思いもよりませんでした。

どうぞよろしくお願いいたします

はじめまして。
このブログでは、急性大動脈解離の発症から現在までの様子を書いていきたいと思います。

2013年9月に急性大動脈解離Stanford Aを発症し緊急手術を行いました。
約1ヶ月間入院し、その後退院となり、現在は自宅療養をしております。

どうぞよろしくお願いいたします。